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福岡地方裁判所 昭和34年(行)14号 判決 1960年7月12日

原告 今村タカ

被告 福岡県知事

主文

被告が福岡市野間字ワキタ四二九番地の一四、山林六畝二九歩につき昭和二三年三月二日付を以てなした買収処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告は昭和二三年三月二日付を以て原告の所有する福岡市野間字ワキタ四二九番地の一四山林六畝二九歩につき、旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三〇条により買収処分をなした。

二、しかし被告の右買収処分は次の理由により無効である。

(1)  旧自創法第三〇条による未墾地買収処分は同法第三四条、第九条第一項本文により右土地に対する買収令書を原告に交付してこれをなさなければならないのにかかわらず、被告は原告に対して右買収令書を交付していない。

(2)  仮りに被告が右同項但書により買収令書を交付することができないものとして交付に代えて公告をなしたとしても、その公告は以下述べる理由により無効である。即ち右但書の規定による公告は買収の対象となる土地の所有者の住所又は居所が容易に判明する状況にある場合にはこれをなし得ず、仮りに右の場合に公告がなされても、同規定の要件に該当しないから交付に代わる効力を生ずるものではない。ところが原告の当時の住所は現住所と同じく福岡市鳥飼本町二丁目八五番地であつて本件買収処分当時被告において容易に判明し得る状況にあつたものである。

(3)  以上本件買収処分には右(1)又は(2)の瑕疵があり、しかもその瑕疵は重大且つ明白なものであるから、本件買収処分は無効なものといわなければならない。

よつてその旨の確認を求めるため本訴請求に及んだ

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、答弁として「原告主張の請求原因事実中被告が昭和二三年三月二日付を以て当時原告所有にかかるその主張の土地を旧自創法第三〇条により買収したことは認めるが、その余の原告の主張はすべて争う。被告は右買収に当つて買収令書を原告に交付することができなかつたので同法第九条第一項但書により、昭和二三年八月一六日交付に代えて公告をなしたのであるから、本件買収処分に何らの瑕疵はない」

と述べた。(立証省略)

理由

被告が昭和二三年三月二日付を以て当時原告所有の福岡市野間字ワキタ四二九番地の一四山林六畝二九歩につき旧自創法第三〇条により買収処分をなしたことは当事者に争がない。しかし買収令書の交付については、成立に争のない乙第一乃至第三号証と証人中原好美の証言を綜合すると、右買収処分当時福岡市南部農地委員会は被告に代つて原告に対し、買収令書を受領しに来るよう通知すべく、その住所を福岡市春吉町として原告宛に葉書を発送したが住所不明の事由により返戻されたので、被告は旧自創法第三四条、第九条第一項但書により買収令書の交付に代えて同条第二項各号所定の事項を福岡県公報昭和二三年八月一六日付号外紙上に福岡県告示第三七八号を以て公告したことが認められる。

しかし乍ら買収令書の交付に代わる公告は、当該未墾地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないときに限られることは右但書の規定上明白であり、従つて右の場合に該らなければ、かりに公告をしても買収の効果は生じないものといわなければならない。

これを本件についてみると、証人高木源三郎の証言によつて成立の認められる甲第一号証、成立に争のない甲第二、三号証に証人高木源三郎、同越智十三郎の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和一四年頃から昭和一九年一一月頃まで前記福岡市春吉町五〇一番地(通称春吉町春吉新屋五〇一番地)に居住し、同月頃現住所たる同市鳥飼本町二丁目八五番地に移転したものであること、その当時右春吉新屋の町内会長であつた訴外高木源三郎並びに原告の所属していた第一二隣組の組長であつた訴外越智十三郎はいずれも原告の移転先を熟知しており、かつ同訴外人等は爾後今日に至るまで同町内に居住しているのみならず、同訴外人等の住居と原告の元の住居との距離は訴外高木が約五〇間、訴外越智が約一〇間であること、訴外高木と原告とは親族関係にあり、又訴外越智は近隣の誼でいずれもその家族共々原告とは親しく交際していたこと、従つて本件買収処分当時原告の住所は右春吉新屋町に赴いて調査すれば比較的容易に判明し得る状況にあつたことが認められる。証人吉岡義真の証言中右認定に反する部分はにわかに信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして証人中原好美の証言によれば前記福岡市南部農地委員会は同市春吉町の区域が広範囲に亘るので、宛先を単に春吉町とするのみでは郵便物は通常配達され得ないことを知悉してい乍ら、漫然宛先を右春吉町と記載して発送した前記通知の葉書が返戻されるや、軽々に原告の住所は不明として取り扱い、これに基づいて被告が前記公告をなしたものと窺われ、右委員会並びに被告において更に原告の住所を探知すべく努力を試みた形跡は何ら見当らない。

このような状況の下にあつては、前記但書の規定の要件に該当せずこの規定に違反してなされた前記公告は買収令書を交付して効力を生ずるものではなく、従つて本件買収処分は無効というのほかない。よつて原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 川井立夫 渡辺桂二 佐藤安弘)

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